「再会を生む、限りなく《ゼロ》に近いエネルギー」

映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長
河合のび氏による「REUNION」寄稿

量子力学上において「真の真空」は存在せず、真空状態においてもそこには「限りなく《ゼロ》に近いエネルギー」が生成・消滅を繰り返している──。

2枚の金属版の間(はざま)を用いたカシミール効果実験で、間接的にその存在を感じとれるゼロポイント・エネルギーに「無限に等しい、この宇宙すらをも生み出した莫大なエネルギーの発見」を夢見る者、或いはゼロポイント・エネルギーが存在する場とされるゼロポイント・フィールドに「過去・現在・未来すべての時空の記憶・意識との邂逅」を夢見る者は、今も後を絶たない。

しかしながら、ヒトがその寿命尽きるまで人生という名の生命活動を維持するための原動力こそが、質量が限りなく《ゼロ》に近い思い出という名の記憶であると捉えた時、ゼロポイント・フィールドと精神世界を結びつけたくなる者たち……2枚の金属板の間にゼロポイント・エネルギーが生じるように、人と人の間に「縁」という必然性の引力を見出したくなる者たちの人情を、「非科学的」の一言で切り捨てるのはあんまりだ。

映画が今日まで生き残り続けているのも、スクリーンと鑑賞者の間に「時空を超越し現れる記憶」が現れ、ゼロポイント・フィールドの存在を擬似的ながらも実感できるから……と捉えることも、できないわけではない。むしろできなくては、映画が21世紀まで生き残り続けた理由の説明がつかないだろう。

『REUNION-その夜の終わりに-』は、そうしたゼロポイント・フィールドの存在を追い続ける者たちの人情や映画との関係性を通じて、記憶というエネルギー、そして生命と生命の間にこそ生じる縁という引力を描こうとしたSF映画である。それは、「たまたま」……「縁という引力は存在しないし、必然性も存在しない」でその発生理由を片付けたくない者が多い、再会(Renion)という現象を物語の中心に据えていることからも明らかだ。

ゼロポイント・フィールドという肉眼では見えぬ場を、バーという「酒場」として描いてしまうという一見洒落の効いた舞台設定も、ゼロポイント・フィールドという仮説に惹かれてゆく者たちの時に夢、時に悲哀に満ちた人情の様を見せるにはうってつけといっても過言ではない。また古来より、服用者の記憶の蘇生または喪失という、どちらが主作用でどちらが副作用なのかも分からない効能を持ち、場合によっては「未体験の記憶」すらも蘇生/喪失させてしまうと信じられてきた酒も、「記憶・意識の根源」とも称されるゼロポイント・フィールドにとって、これ以上ないほど相応しい代物だろう。

事故によって両脚と記憶を失い、義足で働き続けるバーのママ。かつて天才外科医と謳われたが、戦争を経て落ちぶれていった元軍医。「前任者」として100年間バーのママを務めてきたロボット。とある理由から全身をサイボーグ化した過去を持つ、闇の武器商人。そしてさまざまな次元・時代からフラリとやって来る、どこか寂しげな客たち……バーに訪れる一癖も二癖もある登場人物たちは、いずれも誰かとの「間」にある記憶、誰かとの再会を想い続けている者ばかりだが、そこには意味も無意味もない人生への「救い」を求め、ゼロポイント・フィールドという仮説に対し「祈り」の感情を抱いてしまう者たちの姿がどうしても重なってしまう。

そして誰かとの間にある記憶、誰かとの再会を想い続けている者は、本作の登場人物たちだけではない。映画『REUNION』を手がけた北御門潤監督もまたその一人であり、その証拠の品こそが作中に登場するウィスキー「ジャック・ダニエル」である。

テネシー・ウィスキーの代表的な銘柄にして、アメリカ国内外で多くの人々に愛飲され続けているジャック・ダニエル。作中で度々印象的に描かれていたこのウィスキーは、北御門監督の今は亡き父が愛飲していた酒でもあったという。かつて、写真が趣味だった父から誕生日に8ミリカメラをプレゼントされたことで映像制作へ夢中になっていった北御門監督にとって、ジャック・ダニエルは自身と亡き父の間にある記憶にとってのエネルギー媒体であり、だからこそ「亡くなった者との記憶を通じての再会」を象徴するものとして『REUNION』作中でも登場させたのである。

「大人になったらいつかまた映画を撮る」と周囲に語り、一度は映画制作から離れてしまった北御門監督は、過労を通じて生と死の「間」に改めて立ったことで映画制作と再び出会った。それは映画『REUNION』と北御門監督の間にある記憶というエネルギー、「縁」という引力がもたらした必然の結果ともいえる。

無論、これまで言及してきたゼロポイント・フィールドというあまりに壮大過ぎる仮説を、無理に信じようとする必要はないし、信じないせいで映画『REUNION-その夜の終わりに-』の魅力が損なわれることもない。けれどもSFとは、人々の現実と願いが織り交ぜられた仮説を「信用」するのではなく、「信頼」することで初めて楽しめる作品であるという事実は忘れてはいけないだろう。

《プロフィール》
河合のび(Cinemarche編集長・詩人)

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報Webサイト「Cinemarche」編集部に就職。レビュー記事執筆・インタビューを中心に活動を行う。2020年6月には編集長へと就任。また詩人としても活動し、2018年に同人詩集『フカ・シカ』を発行。現在は新作詩集『⊥・⊥』を制作中。

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